私は、音楽のことについて全くの素人です。
同じ芸術でも、美術に関しては、そこそこ知識があると思っているのですが、
音楽のことは、本当に、ちんぷんかんぷんです。
流行の音楽もわからないし、その他のジャンルに関しても、全くわかりません。
そんな私が、前から疑問に思っていたことがあります。
音楽の世界では、特にクラシックの分野では、作曲者と同じくらい、
演奏家がリスペクトされるのはなぜなのか?
私の理解では、作曲者はクリエイターですが、演奏家は職人だと考えていました。
美術の世界では、クリエイターはリスペクトされますが、
職人は名前さえ知られることがありません。
例えば、美術の世界ですと、彫刻家は、クリエイターです。
その彫刻家が粘土で形を作った作品を型取りして銅像(ブロンズ)にする人は職人です。
このブロンズに仕立てた職人の名前は表に出ません。
また、浮世絵版画でも、絵師はクリエイターとして名前が知られます。
版画に仕立てるために、版木を彫る人、紙にする人は職人で、
この人たちの名前は表に出てきません。
不思議です。
気になったのでAIに聞いてみました。
AIの回答はこちら。
1. 楽譜は「設計図」であり、完成品ではない
美術において、画家の描いたキャンバスはそれ自体が「完成品」です。
職人がそれを模写しても、それはあくまでコピーと見なされます。
しかし、音楽(特にクラシック)における楽譜は、あくまで「設計図」に過ぎません。
音が鳴っていない状態の楽譜は、まだ芸術として未完成なのです。
演奏家がその設計図に命を吹き込み、空気の振動に変えて初めて「音楽」という作品が成立します。
この「命を吹き込むプロセス」の比重が極めて大きいため、演奏家は単なる作業者ではなく、
共同制作者としてリスペクトされます。
2. 「解釈」という名の創造性
クラシックの楽譜には、速度や強弱の指示がありますが、実はかなり曖昧です。
「情熱的に」と書いてあっても、その情熱が「燃え上がる炎」なのか「静かに耐える熱」なのかは
演奏家に委ねられます。
美術: ピカソの絵を誰が額装してもピカソの絵。
音楽: ショパンの曲をアルゲリッチが弾くのと、ポリーニが弾くのでは、全く別の物語が立ち上がります。
この「解釈(Interpretation)」こそが演奏家のクリエイティビティであり、聴衆は「作曲家の意図」を聴きに行くだけでなく、「その演奏家がどう解釈したか」という新しい表現を期待して足を運びます。
3. 一回性のパフォーマンス
音楽は時間とともに消えていく芸術です。
どんなに素晴らしい設計図があっても、その瞬間に最高のパフォーマンスを発揮し、
聴衆の心を震わせるには、極限まで磨き上げられた技術と精神力が必要です。
美術の職人は「裏方」として作品を支えますが、
音楽の演奏家は「舞台の主役」としてその瞬間の責任をすべて負うことになります。
このリスクと緊張感、そして再現不可能なライブ体験が、演奏家をスターに押し上げます。
これを読んで、ふと思ったのが、料理と似ているなと。
楽譜はあくまでレシピ。
カレーという料理は、調理する人によって、完成品が違う。
同じレシピでも、具材を強火で炒めて、煮込み時間は短く仕上げる男前な感じのカレーと
具材はサッと炒めて、じっくり煮込んで仕上げるやさしいお母さんのようなカレーは
全く違うカレーです。
それをどう解釈して調理するかは、演奏家(シェフ)次第。
長年の疑問が解決しました。
そんな音楽に疎い私の最近のお気に入りは、ショパンです。
ピアノの曲が特に好きです。
制作中にAmzon musicで、ショパン、ピアノで検索して探して聞いています。
これまで演奏家によって違うということは、全然意識したことがありませんでした。
これからは、演奏家によって、どう違うのか聞き比べて楽しんでみようと思います。
そういえば、ピアノを弾くうさぎの版画を制作したことがあります。

この版画はこちらでご覧いただけます。
https://www.iichi.com/shop/lulustore

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