2026-03-04

楽譜はレシピ

私は、音楽のことについて全くの素人です。
同じ芸術でも、美術に関しては、そこそこ知識があると思っているのですが、
音楽のことは、本当に、ちんぷんかんぷんです。
流行の音楽もわからないし、その他のジャンルに関しても、全くわかりません。

そんな私が、前から疑問に思っていたことがあります。
音楽の世界では、特にクラシックの分野では、作曲者と同じくらい、
演奏家がリスペクトされるのはなぜなのか?
私の理解では、作曲者はクリエイターですが、演奏家は職人だと考えていました。
美術の世界では、クリエイターはリスペクトされますが、
職人は名前さえ知られることがありません。

例えば、美術の世界ですと、彫刻家は、クリエイターです。
その彫刻家が粘土で形を作った作品を型取りして銅像(ブロンズ)にする人は職人です。
このブロンズに仕立てた職人の名前は表に出ません。

また、浮世絵版画でも、絵師はクリエイターとして名前が知られます。
版画に仕立てるために、版木を彫る人、紙にする人は職人で、
この人たちの名前は表に出てきません。

不思議です。
気になったのでAIに聞いてみました。

AIの回答はこちら。

1. 楽譜は「設計図」であり、完成品ではない
美術において、画家の描いたキャンバスはそれ自体が「完成品」です。
職人がそれを模写しても、それはあくまでコピーと見なされます。
しかし、音楽(特にクラシック)における楽譜は、あくまで「設計図」に過ぎません。
音が鳴っていない状態の楽譜は、まだ芸術として未完成なのです。
演奏家がその設計図に命を吹き込み、空気の振動に変えて初めて「音楽」という作品が成立します。
この「命を吹き込むプロセス」の比重が極めて大きいため、演奏家は単なる作業者ではなく、
共同制作者としてリスペクトされます。

2. 「解釈」という名の創造性
クラシックの楽譜には、速度や強弱の指示がありますが、実はかなり曖昧です。
「情熱的に」と書いてあっても、その情熱が「燃え上がる炎」なのか「静かに耐える熱」なのかは
演奏家に委ねられます。

美術: ピカソの絵を誰が額装してもピカソの絵。

音楽: ショパンの曲をアルゲリッチが弾くのと、ポリーニが弾くのでは、全く別の物語が立ち上がります。

この「解釈(Interpretation)」こそが演奏家のクリエイティビティであり、聴衆は「作曲家の意図」を聴きに行くだけでなく、「その演奏家がどう解釈したか」という新しい表現を期待して足を運びます。

3. 一回性のパフォーマンス
音楽は時間とともに消えていく芸術です。
どんなに素晴らしい設計図があっても、その瞬間に最高のパフォーマンスを発揮し、
聴衆の心を震わせるには、極限まで磨き上げられた技術と精神力が必要です。
美術の職人は「裏方」として作品を支えますが、
音楽の演奏家は「舞台の主役」としてその瞬間の責任をすべて負うことになります。
このリスクと緊張感、そして再現不可能なライブ体験が、演奏家をスターに押し上げます。

これを読んで、ふと思ったのが、料理と似ているなと。

楽譜はあくまでレシピ。
カレーという料理は、調理する人によって、完成品が違う。
同じレシピでも、具材を強火で炒めて、煮込み時間は短く仕上げる男前な感じのカレーと
具材はサッと炒めて、じっくり煮込んで仕上げるやさしいお母さんのようなカレーは
全く違うカレーです。


それをどう解釈して調理するかは、演奏家(シェフ)次第。
長年の疑問が解決しました。

そんな音楽に疎い私の最近のお気に入りは、ショパンです。
ピアノの曲が特に好きです。
制作中にAmzon musicで、ショパン、ピアノで検索して探して聞いています。

これまで演奏家によって違うということは、全然意識したことがありませんでした。
これからは、演奏家によって、どう違うのか聞き比べて楽しんでみようと思います。

そういえば、ピアノを弾くうさぎの版画を制作したことがあります。

この版画はこちらでご覧いただけます。
https://www.iichi.com/shop/lulustore

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